なわぶねの紹介..
- 店名の由来
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なわぶね と言う店名は、漢字で書くと 縄 舟 と なります。
どう言う意味かと言うと はえなわ をする舟 と 言う意味です。
はえなわ と 言うのは ハエを叩き殺す 縄 ではありません。
一番解りやすく言えば、マグロ漁 をするときの漁法です。
漢字で書くと 延 縄 と なります。
(余談になりますが 15周年を一つの節目として、漢字を 菜(な) 和(わ) 舟(ぶね)
に改めようかと考えています。)
一本の道糸に針に餌をつけた枝糸を等間隔に沢山つけて、海に流して、暫く置いて
おいて、あるいは、舟でひっぱったりして魚を釣る漁法です。
基本的に、釣り漁なので 魚は活きたまま釣り上げられ 舟の生簀に取り込まれます。
なので活きたまま取引され 値段は高値での取引となります。
網漁と違って一網打尽に獲り尽くさないので、資源にやさしい漁法です。

- 基本理念
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つまり なわぶね は、日本三大潮流の一つと言われ船乗りさんには 海の難所としても
知られていて、毎年幾つもの海難事故が発生するほど潮の流れが速い来島海峡で育った
魚を料理する と言うコンセプトの店なんです。
自分の経験から言っても ここの海域で育った魚は 、他の海域で育った魚とは
身 の締り がはっきり違います。
特に この地方でよく獲れる ホゴ(カサゴの仲間)やめばるといった小魚の煮付けたときの
身の弾力と味の良さは 必ず 食通 達の舌を満足させずにはおきません。
当店のお客様にも本当に喜ばれています。
今治は今、焼き鳥日本一 ということで 色々な催しなどで有名になっていますが
魚の美味しさにおいても決して人後には劣らないと強く確信を持っています
こんなに魚が美味しいのに なんで 焼き鳥が日本一なんだ
( もっと今治の魚をアピールしたい!!)
来島海峡 と言えば、1999年11月、今治市と向かいの広島県尾道市との間に
来島海峡大橋、多々良大橋、新尾道大橋 が架かって、しまなみ海道が全面開通
しました。
本州と陸続きになって、今まで以上に本州との間の行き来が活発にできるように
なりました。
本州から、しまなみ海道を通って、来県、来今されるお客様も増えています。
そのお客様達の共通した感想が、
『 今治の魚は美味しい!! 』
自分のことを褒められた様に嬉しくなります。 ルンルン(*^_^*)
- 店
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当店 なわぶね の広さは、20坪ほど。MAX35席の、寿司と魚料理を中心とした
夫婦二人で営業している小さな小さなお店です。
店が出来てからは20年以上になりますが、まだ、改造はしたことがありません。
ですので、店は相当年季が入っています。
時々は、行儀の悪い小動物がいたりして、自分でもびっくり、冷や汗をかいたりしています
そんな不躾な私達の店がこれまで、暖かい多くのお客様に支えられて、この、15年
何とかやってくることが出来ました。
何とありがたことかと、心から感謝を捧げる昨今です。
- 家族
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40歳の時に決意して、早15年。
当時はまだ小さかった子供達も、今は、皆成人して、それぞれの道を歩んでいます
中でも、一番小さかった末の娘、まだ小学4,5年生だったと思いますが、今では立派な
大人の25歳。
改めて、15年の歳月の重みを噛み締めています。
途中、何度もつまずきながらも今、こうして15周年を迎えられるのは、陰に陽に、時には
厳しいお叱りの言葉で励まし、支えてくださった皆様のおかげ以外には有り得ないと、
深く深く、感謝の思いを新たにしています。
- 仕事への思い
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開店以来、時には遠く県外からも橋を渡り、海を越えて御来店を賜るお客様もいらっしゃいます。
『 なぜ、こんな店に お客様が わざわざ 来てくれるんだろう 』
時々、こんなことを考えることがあります。
お客様に御利用いただかなければ、自分達の暮らしが成り立たないにも拘わらず。
そして、時々、猛烈に悲しくなることもあります。
それは こんな自分達のやっている、こんなちっぽけな汚い店に、わざわざ、足を運んでくださるお客様に対して、私達は本当に心からの感謝の気持ちでおもてなしが出来ているのだろうか・・・・・?
自分達の都合で仕事をしてはいないだろうか・・・・・。
自問自答する自分がいます。
『 いや。 出来ていない! 』
そう 思い当たった時は 本当に申し訳なくて、情けなくて、悲しい気持ちになります。
そして、
『 こんなことではいけない。 もっともっと お客様に対して誠実に、真心で 感謝の気持ちで接していかなければ !! 』
と 思い悩むのです。
- 伝えたいこと
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店を始めて一番最初に思ったこと、
それは ここで獲れる魚は日本中探しても 決して負けない くらい 美味しい
と 言うことでした。
この街で暮らし始めて38年、 20数年の修行を積んできて、ここで獲れる魚の味を
覚えました。 そしてこの街で獲れる魚の美味しさを1人でも多くの人達に知って欲しい、
1人でも多くの人に伝えたい。
そして、お客さんの嬉しい顔が見たい。 感動して欲しい。
これこそが もともとの 私達の信念だったのです。
時には、雨の日 もあり、時によっては 風の吹く日もあって 猟師さんが出られずに
魚の無い時もありますし、温暖化の影響で 海の 環境の変化ありで 魚に与える
影響も少なくなく 獲れにくくなった魚や 貝 などもあります 。
そんな時は、代用品で賄うしかありませんが、大切なのは お客様に奉仕する気持ち
だと思います。
『 良く お出でくださいました。 どうぞ ごゆっくり おくつろぎ下さい 誠心誠意 おもてなしを させていただきます 』
そういう 真心からの 接待の心だと思います。 四国には古来そういったもてなしの心 「お接待」 の文化が今でも 色濃く残っています
今流でいうところの ホスピタリティ です
その精神性こそ 私達が常に心がけなければならない 大切な商いの基本だと思います
今年 15周年を向かえ、今 再び 心を新たにして、お客様に納得し、喜んで頂ける、安心
して御利用いただける店を目指して努力していく所存です。
夫婦二人でやっている小さな店です。時には 不行き届きなところもあろうかと存じます
出来得ることは出来る限り改善に取り組んでまいります。
皆様方の忌憚の無いご意見を賜りますようお願い申し上げる次第です
- 我が街今治
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私共が住み暮らし生活している街、今治は 瀬戸内海に突き出た高縄半島の根元あたりに位置していて、白砂青松の美しく伸びた海岸線にはいたるところに砂浜が点在し、夏には 多くの海水浴を楽しむ家族や、若者達でにぎわいます。
気候は、大変に穏やかで、人間が最も住みやすいと言われる温暖な地中海気候そのものです
その温暖な気候を利用していろんな作物が栽培されますが、とりわけ有名なのが みかん
ジュースで有名なのがポンジュース 愛媛が誇るブランドビバレッジ
昨年は 残念なことに天候不順で不作となり日本一の座を他県に譲ってしまいました
四季折々の草花や風景にもしっかりめりはりがあり、それぞれの季節によって楽しみも豊富です
食べ物もとても美味しい。特に地元で獲れる魚の味はどこへだしても絶対恥ずかしくないと言えます
災害など 本当に少なく 大きな台風が四国を横断しても他のところは大きな災害が発生していても
今治市だけはなんとも無いようなことがしょっちゅうです
地震だけは、さすがに 難を逃れる事は難しいです。全く予知できませんし、日頃からの意識に頼る
ところが大きいと思いますが、こればかりはなんとも致しかねるのが実情です
2年前に 平成の大合併が行なわれて、今治市の面積が相当広がり、人口も11万8000人から18万人へと大幅に増えました。
造船産業が大変盛んで、今は日本最大の建造量をほこります。
明治時代後期頃から海運業も非常に盛んで、日本の船舶の数十パーセントが今治の船主に集中
しています。 如何に海運業が盛んな所かの証 まさに 造船、海運王国です
もともと、この辺り 旧越智郡 の島嶼部 は織田信長の時代からの 海賊の拠点があった地域で
河野水軍や村上水軍の本拠地としても有名です
明治時代の日露戦争のときの ロシア艦隊との日本海海戦では この辺りから多くの優秀な乗組員が
召集され、大変すばらしい働きをした という歴史も残されています
小説 坂の上の雲 に登場する 日本帝国艦隊を率いた参謀 秋山真之 は愛媛県松山市の出身。
合併後、これらの産業を生かして 海事都市構想が生まれ、今新たに海事都市今治としての位置づけがなされようとしています
造船産業は非常に裾野の広い産業で、それに付随する関連産業も多くありそれらの産業に従事する人口も数多く居ます。
たをるの製造も盛んで、生産量は日本の6割のシェアを占め、これまた日本一です。
最近は、中国製の安価な製品に押されぎみで、地元のたをる業界は苦戦を強いられています
しかし、最近は高度な技術を駆使した付加価値の高い製品を作って巻き返しを図る企業の活躍が
目だっててきています。
これまでは、今治の産業と言えば 造船とたをる の2本柱でしたが 近年 IT産業の急速な発展
に伴い パソコンに用いられるバックライトを製造する企業も急成長していて、これもまた この部門の
日本一です。
又、今治出身の社長が一代で起こした食品会社もあり、たれ類の製造でこれまた日本一。
これらの大企業が数多く集積している我が街 今治 すごいことに 都市銀行があります
造船会社が多いため、動く金額がとてつもなく大きく、人口一人当たりの貯蓄額が日本一
街には社長さんがあふれています これもひょっとしたら 日本一ではなかろうかと思う
くらいです。 したがって 金融関係 保険関係の企業も今治には沢山あります。
もともと、今治は ローンの発祥の地 でありまして、いわゆる商人の街です。
伊予商人といえば 近江商人と並んで日本でも有名な 商売上手
その DNA をしっかり受け継いでいる街といえます。
社長さんが多くても何の不思議もありません。
■ 自分の思い
■ 予約ページ、ケータイに着信
■ なわぶねのブログ始めました..
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新しく「なわぶねのブログ」始めました。
皆さんといろんな情報交換ができれば..と思っています。
いろんなレシピや季節料理の紹介なども写真付きでしていきますよ縲怐D.
楽しみにしていてね。また、ご意見、ご感想などのページなど、ご訪問の記念に一言添えていただけると喜びます。!(^^)!
ご意見やご感想のページをブログにご用意しました。